報告文〜2002年11月17日
わたしの身体と性の自己決定権〜 産婦人科医療とリプロダクティブ・ヘルス/ライツ 〜
 11月の公開講座は産婦人科医の金共子さんをゲストに招いて、「わたしの身体と性の自己決定権」をテーマに行った。産婦人科医療の現場からの話は多岐にわたり、情報の告知の重要性や自己決定をする人の判断能力の問題などの提起がされ、自己決定の難しさについて実感できた。ここでは特にフェミニストカウンセリングとも関連性のある問題についてピックアップして報告したい。

<パートナーや親との関係>

 性をめぐって自己決定するのは、自分一人の問題ではないということを改めて考えさせられた。たとえば金さんはピル(経口避妊薬)について「女性が自分で選ぶ避妊法といわれているが、STD(性感染症)の危険など、避妊の効果だけで避妊法を選べない状況になっている。女性がパートナーとは避妊のことを何も話し合わずに、ピルを飲むプラス面もマイナス面も自分で引き受けるという、それが自己決定権なのか」と問いかける。そこで問題になるのは、パートナーとの関係だろう。パートナーと避妊の話をすることなんてとてもできないけれど、自分でピルを選んだのだから妊娠に関しては自己決定していると言えるのか?

 また、不妊治療の問題でもそうだ。金さんは「以前の不妊治療ではダメだったらあきらめるという選択肢があった。でも、今はそういう選択肢をとらせてもらえない」と指摘する。夫婦がお金や労力の面でも負担が大きいからあきらめようと思っても、親が出てきて「お金は出してあげるからがんばりなさい」「あの方法は試してみたの?」などとお金も口もはさんでくるという。医者も成功した例などを伝えてくるので、なかなかやめるとは言えなくなってしまう。じゃあ、親もお医者さまもそう言っているのだからがんばってみようか…となるのは、はたして本当の意味での自己決定と言えるのか?

  “子どもの身体や性をめぐる自己決定に親が介入する必要はあるのか”ということについて金さんの姿勢は明快だ。16歳や17歳で産婦人科の診察を受けにくるのだったら、親には診察室に入ってもらう必要はないという。それが妊娠やSTDの場合だけでなく、たとえば生理不順で診察を受けに来て、生理の周期を質問された場合でもそうだというのが金さんの意見だ。自分の身体について自分で把握して、必要があればそれを他人に話すことができるのが自己決定の最初の一歩なのだ。しかし、そのことが親だけでなく、看護師さんにもなかなか理解してもらえないと金さんは話す。そこらへんからの意識改革が必要なのだろう。

<自己決定のトレーニングの必要性>

 「女性が自己決定のトレーニングを受けていない」と金さんは指摘する。たとえば子宮筋腫の治療をどうするか、患者さんに自分で決めてもらおうと一生懸命説明した後に「先生におまかせします」と言われるとがっかりする。それはまだいいとしても、「皆さんどうしておられますか?」と訊かれると、あなたと同じ身体の人は誰一人としていないのにと思う。…と金さんは語ってくれた。小さい頃からトレーニングができていないのに、いきなりそんな場面で自己決定しろと言われてもできないのは無理もないのかもしれない。

 子宮筋腫で手術を勧められても「家のことがほっとけないので手術できない」という例などは、まさしく“自己尊重”の問題だと思う。「子どもの弁当を作ることよりもわたしの身体が大事」と思えるかどうか。自分はしんどくても誰かのために耐える方がいいという他者優先の考え方を変え、自己尊重感を高めることが、大切な場面での自己決定を支えることになると思う。

 金さんは、「避妊のことを彼氏に言えるようになるところからトレーニングを積んでいったらどうか」と提案してくれた。後半では、自分のパートナーとの避妊の話し合いについてなど、自分の体験を話してくれた参加者も多く、身体と性をめぐる自己決定について、自分にひきつけて具体的に考えることができた講座になったと思う。