公開講座報告書

2016年公開講座報告「いま、必要とされる性教育とは?」

「性暴力被害者のためのワンストップセンター 京都SARA」が開設されて1年が過ぎた。性暴力被害者から京都SARAに寄せられている相談は、「顔見知り」の加害者からの被害が過半数であり、被害者には、中高生を含む「若い女性たち」も多い。彼女たちの被害を聞くにつれ、「ジェンダーの暴力」とされる性暴力についての性教育、そして性暴力予防・防止教育はどうなっているのかという疑問が生まれた。性のことはタブーとされ、性教育をしっかりと受けてこなかったために、性暴力にNOと言えなかったり、相手の性的自己決定権を無視して加害者になってしまうという現実もあるのではないか。今年の公開講座は、『いま、必要とされる性教育とは?』をテーマに、京都教育大学の関口久志さんをゲストにお迎えし、数多くの性教育を実践されてきたお話を聞き、ウィメンズカウンセリング京都スタッフで京都SARAスーパーバイザーをつとめる周藤由美子が、性暴力被害者支援の実態を報告した。

性教育の現場から〜性暴力被害者にも加害者にもならないために

関口久志(京都教育大学 教育支援センター長 兼 教授)

 

世代や地域によって、どんな性教育を受けてきたかは違うものの、女子のみの月経教育、純潔教育、生徒指導型(校則に男女交際の禁止など)、トラブル防止のみの教育、男子の性欲の抑制(マスターベーションに関する嘘やデマ)、一元的幸福モデル(健康な若い男女が結婚して子どもを産んで一生添い遂げることを幸福とする)教育が実施されてきた。それは、今もある。国連人口基金の基本理念「性と性に関する健康(Sexual and Reproductive Health)」の解釈では、『各人が安全で満ち足りた性生活を営み、子どもをつくるのか、つくるならばいつ、何人、誰と、どこで、妊娠・出産するのかを自らの意思で決めることができ、性別・年齢にかかわらず、自分の性と生殖について身体的・精神的・社会的に良好な状態であること』とされている。「性を学んで人間関係を幸せなものとする」というのが、世界の潮流である。

性教育バッシングがあるのは、性の幸福追求を人権と捉えない社会意識があるからだろう。性を人権として学び、性を科学的に見ることは、性の多様性の理解にもつながる。性教育には3つのキーワードがある。1つ目は「自己信頼」である。自分の大切さに気づくことで、他者の大切さに気づき、自分の体に感謝し、自分の心と生と性を大切にすることができる。2つ目は「性愛の肯定」である。必要ないものとして遠ざけずに子どもの性愛行動や気持ちを肯定し、自己をコントロールできる力をつける。3つ目は、「科学的で理解度に合わせた教育」である。正確な事実・真実・現実に基づいた知識・情報を子どもの理解度に合わせて教育することで、世間に氾濫する興味本位の性愛情報や、性被害・性加害から子どもを守ることができる。

幼少期の安全学習として、被害防止のために以下の4つが挙げられる。

①性的な誘いやタッチに「いや」ときっぱり言う。

②大声を出して助けを呼ぶ。

③その場から逃げる(明るい人の多い方向へ)。

④親や先生に被害を告げる。

加害防止としては、以下の2つが挙げられる。

①性器を人前でさわる場合、さわること自体については責めないでプライバシーと社会ルールを守り、ひとりの空間で行うように指導する。

②「ズボンおろし」「スカートめくり」等の性的いじめがあった場合、プライバシーや学習環境権を侵す重大な人権問題として毅然と対処する。遊びや悪ふざけで軽く済ますと被害が拡大する。とくに攻撃的・搾取的な繰り返しや年齢差や地位差・知力差の利用等が見られる場合にはさらに重大な注意と対応がいる。

中学・高校生に向けては、性暴力の理解を進めていく必要がある。「人間の性は、本能ではなく文化」であり、人間以外の動物に性暴力はなく、悪しき文化であるということを伝える。性暴力とは「性的自己決定権の侵害」であり、性的自己決定権とはNOと拒否できる権利で、その主張が何よりも優先される。性暴力は、殴る蹴るを伴うレイプだけでなく、日常的にあるもので、①意志に反して②同意なく③攻撃的、搾取的、操作的・脅迫的方法でなされるあらゆる性行動のことである。表面事象だけでなく被害者(集団)と加害者(集団)の人間関係や力関係・状況を考慮する必要もある。「強姦神話」のような性暴力への偏見誤解の払拭や、被害者が男性の場合の身体的、心理的なケアも重要である。

加害を防ぐためには、性暴力は性の支配達成欲求が大きな要因であると理解しておく必要がある。いわゆる優越性・優位性の利用と確認行為である。その誘因は日常生活の生きづらさや、性的な認知の歪みもある。認知の歪みにつながるポルノ情報の特徴として、①性器性交至上主義②射精至上主義③男性主導で女性は受身の性行為④タフでハードな性行為 ⑤避妊や性感染症に無防備であること、が挙げられる。

性的な認知の歪みから解放されるためには、セックスではどちらか一方の満足ではなく相互満足が大切であり、金銭などによる一方的なセックスの強要や避妊・性感染症予防への非協力は暴力であることを認識する。また、セックスの方法や快感は性器性交・射精以外にも多様である。相互満足のためのセックスは、必ずしも性器性交と射精を必要とはしない。男性にとっても射精が唯一無二の快感・満足ではなく、射精がセックスのフィニッシュではない。むしろ性器性交による射精は、セックスにおける多様な楽しみや快感・満足の一つに過ぎないということを理解し、実践していくことが必要である。

最後に、以下の「性の自立度チェック」を自分や周りの人と確認してほしい。

【性の自立度チェック】

①自分のこころとからだ・性を大切に思えて大事にできる。

②周りの人や特定の相手のこころ(意思)とからだ・性を尊重することができ、侵害しない。

③友人やメディアからの性情報のウソを見抜き、科学的で正確な情報を得ることができる。

④性的な衝動を統制でき、予期せぬ妊娠・性感染症や暴力・強制を予防できる。

⑤同性愛など性愛の多様性を理解し、自他の主体性や個別性を尊重できる。

⑥性や恋愛で悩んだときや困ったときに信頼して相談することのできる人や機関がある。

⑦友人や特定の相手の悩みやトラブルの相談を受け、解決につなげることができる。

 

性暴力被害者支援の現場から〜「京都SARA」の報告

周藤由美子(ウィメンズカウンセリング京都/京都SARAスーパーバイザー)

 

「性暴力被害者のためのワンストップセンター 京都SARA」は、相談センターを中心とした連携型として2015年8月10日に開設した。連携機関は、医療機関(産婦人科・精神科等)、京都府警、弁護士会・法テラス、京都犯罪被害者支援センター、カウンセリング機関、家庭支援総合センター(婦人相談所・配偶者暴力相談支援センター)、児童相談所、市町村等である。

京都SARAの役割・機能は、以下の通りである。

①電話相談・来所相談(24時間ホットラインが目標 現在は10時〜20時)

②同行支援

③機関連携における支援のコーディネート

④公費負担(産婦人科医、カウンセリング)

→警察の公費負担制度対象外となる被害者が対象

⑤証拠保管

京都SARAにきている若年層の相談では、「妊娠が不安」「妊娠したくない」「妊娠してしまった」というような妊娠に関わる問題が相談につながるきっかけになることが多い。中でも、人工妊娠中絶手術に対する罪悪感は大きく、早期に相談につながることが大切になる。大人は、性暴力被害による妊娠なのだから、すぐに中絶することを考えるが、本人は産むという選択肢があるのなら産みたいと思うかもしれない。被害者が考えることを尊重しながらも支援していく必要がある。

また、若年層の相談で多いのはストーカーのケースである。加害者は非常に執拗であり、被害者が頑張って断っても、加害者が周囲を巻き込んで、孤立させたり、加害者との関係を絶てないように仕向けていくこともある。一人で解決するのは難しいため、専門の相談につながることが大切であり、京都SARAだけでなく、場合によっては警察や弁護士との連携も可能である。

相談全般を通して、警察に相談することへの高い壁がある。また、警察に行っても被害届を受け取ってもらえないなど、事件化されない場合がほとんどである。客観的な証拠が重視されるため、産婦人科での証拠採取や、防犯カメラの映像が必要になってくるが、そのためには被害直後など、早期に相談につながることが必要になってくる。さらに、薬物を飲み物に入れられて性暴力被害にあうケースもあり、被害者に適切な情報提供をしている。


===会場からの質問 ===

Q「男性の相談先はあるのか?」

周藤:京都SARAでは男性からの相談も受け付けている。実際に電話相談もあり、具体的な対応を今後も求められていくと考えられる。

関口:男性にとっての性被害とは何かということをもっと考えていかなければならない。男性の生きづらさに関心を持ち、ホワイトリボンキャンペーンをはじめ、いろいろな活動があるので、そちらにも注目してほしい。男性が相談しやすいような工夫も必要になってくる。

 

■公開講座の感想–子どもたちにできること

我が家には、就学前の子どもがいるため、性教育の本や、性暴力予防のために書かれた絵本を使って読み聞かせや、クイズ形式で親も学びながら、性のことをタブーにしない雰囲気を作るようにしている。たくさんの本を集める中で、性暴力予防の絵本は、「見知らぬ人」に、外で突然変なことをされそうになったら、叫んで逃げるんだよ、という内容が多いことに気がついた。

京都SARAの支援員として、子どもが被害者のケースも含めて、相談を聞いていると、「見知らぬ人」より、「顔見知り」であることが多く、屋外より屋内であることもあり、逃げられない状況であることも普通である。人は恐怖を感じるような出来事が起きた時に、闘うことや、逃げることのほかに、フリーズ状態で体や心が動かなくなることは十分ありうることである。特に、子どもの場合は、圧倒的な力の差がある大人を怖いと思って動けなくなることもあるだろう。「逃げる」ということを強調しすぎると、実際の被害で逃げられなかった時に、親や教師から「なぜ逃げなかったのか」という二次被害の言葉をかけられることになりかねない。性暴力予防の教育が二次被害に繋がってしまうことは、避けたいところである。

保護者や学校関係者にも「見知らぬ人」だけでなく、「顔見知り」にも気をつけること、逃げられない場合が多いこと、何より本人を責めないようにすることを周知してもらう必要がある。子どもたちに伝える大切なことは、自分の体は自分のものであること(NOと言っていい)、困ったことが起きたらすぐに大人に相談すること(日頃から子どもとの関係性を築く)というとてもシンプルなことであると思う。

 

■性教育は、人間関係を学ぶ学問

関口先生から、性教育はSRE(Sex & Relationships Education)と言い、Relationships(関係性)という言葉が入ってくるという話があった。オランダの性教育では、「裸になっていいのはどんな時?」と子どもたちに考えさせて話し合わせる。先生はあくまでファシリテーター。話し合うことで関係性も築かれていくし、裸になっていい時や場所を知るだけでなく、加害予防にもつながっていくと話された。日本では、先生から一方的に学ぶというスタイルになっているが、子ども達同士で学ぶというのも非常に重要に思う。自分が嫌だったら、NOと言っていいと学び、そのあとは、相手からNOと言われたらどうするかということも学んでいくからである。相手との折り合いをつけていく練習は、対人関係を積み重ねることによってできることである。

デートDVによくある「相手を束縛するのが愛である」という思い込みも性のことだけでなく、相手との関係性を学んでいれば「おかしい!」と気づいて、被害者にも加害者にもならないようにでき、良好な交際ができる。また、避妊するよう女性から頼んでも、男性側が避妊してくれないという相談もある。某女性雑誌のセックス特集に掲載されていた男性側の言い分としては、「避妊をしないのは本当に大切に思っているから(結婚してもいいから)」ということだった。まさに性的自己決定権の侵害でしかないのだが、「面倒見るからいいでしょ」という、経済的な問題にしか目を向けられず、妊娠・出産・育児のリスクを背負うのは女性であることや、女性の生き方そのものを無視していることには気づいていないと思われる。性暴力被害の事件が報道されるたびに、メディアによる二次被害もあり、性的自己決定権という言葉を子どもではなく、まず大人が学ぶべきだと思う。

大石ゆか

(WCK NEWS第80号より転載)

2016/11/30 [公開講座報告書]