公開講座報告書

2019年公開講座報告

「なぜ性教育は必要なのか考えてみませんか?」

井上摩耶子

■ はじめに

2019年9月23日、ウィングス京都で実施したこの公開講座を企画したのは、私だった。その理由は、「京都性暴力被害者ワンストップ相談支援センター:京都SARA」で、若い性暴力被害者に出会ったときに、みなさんの様子が「性暴力をどう考えたらいいの?」「自分は性暴力被害者なの?」「性暴力加害者って?」とただ面喰っておられるように感じたからである。若い性暴力被害者とは、4歳の女の子、小2の女の子、中1の男の子、知的障害や発達障害をもつ男子・女子中高生も多く、そして女子高校生・大学生などである。みなさんとの話し合いやカウンセリングを通して、私には、その「面喰い状態」の原因が、どこからみても必要な性教育受けていないことにあるのではないかと思われた。

そこで、いわゆる「寝た子を起こす論」を盾にして、性教育の実施に消極的な日本の現状を知りたいと思い、浅井春夫他編『性教育はどうして必要なんだろう――包括的性教育をすすめるための50のQ&A』(大月書店、2018年)を読んだ。そして、「京都SARA」の若い性暴力被害者が自分の性暴力被害に面喰っているばかりだけではなく、加害者側も自分が性暴力加害者だという認識もなく加害行動しているのではないかという疑問をもった。

 

■「寝た子を起こす論」について

村松勇介氏は、性教育をすると「寝た子を起こす」ことになるのは本当だが、活発になるのは「性について思考する行動」「慎重に思考しての性行動」なので、「心配ご無用」と主張する。そして、「寝た子を起こす論」というのは「性は自然にわかる論」とセットになっており、わざわざ性教育をする必要はないという考えのようだが、「こんなに歪んだ性情報があふれる時代。今や、スマートフォンをもつ小学生も珍しくもありません。幼児ですら、人差し指で器用に画面をめくります。この環境で、子どもたちが、こうした情報に惑わされず、正しい(科学的な)性の知識を自然に身につけているとすれば、奇跡的とさえいえるでしょう。性は自然にわかる、そんな楽天的な現実は存在しません」(前掲書31頁)という。北村邦夫氏も「学校の性教育の不備が、計画していない妊娠、梅毒の急増などを招いています。インターネットやSNSに大きな影響を受けている若者の性意識・性行動。メディアリテラシーを含む科学的・具体的な性教育の必要性を強調せずにはおれません」(同書30頁)と主張する。

また、村松勇介氏は、性教育に消極的になり、「性」を学びの対象にすることのできない日本の問題を次のように分析する。「例えば、①子どもたちの性的行動を分析的にとらえる教員自身の視点や力量の不足。②そうした行動に対して、どのような教育内容を準備しどのように伝えていくのかという専門的知識が足りないこと。③子どもの現実を見据え、性教育を推し進めようととりくむ教員の「後ろ盾」となるべき教育委員会や文部科学省の性教育への消極的・否定的姿勢や態度‥‥等々」(同書、32頁)という現実を指摘し、結論としては「今必要なのは、中途半端に不自然に目覚めてしまった子どもたちを、しっかり起こす性教育です。そして、私たち大人には、性の学びと語る力の獲得が必要。「寝ている大人」はそろそろ目を覚まさなければなりません」(同書32頁)と述べる。

というわけで、今回の公開講座の目的は、「寝ている大人」かもしれない受講者のみなさんへの「ともに目を覚ましましょう!」というアピールだったのである。3人の講師のみなさんのお話の一端をお伝えしましょう。

 

■ 関口久志さん(京都教育大学)―日本の性教育の現状と「包括的性教育」

まず「最近の大学生は中学生時代からセックスに対する「早期活発派」と性的自立のできていない「奥手消極派」に別れているが、両派ともに性に対して無知の状態にあるということでは共通している。性教育は、この両派に有効なものでなければならいのだろう」と話された。

関口さんによる「性の自立・幸せ」という到達目標には、次の7項目がある。①自分の心身・性を大切にできる。②他の人の心身・性を大切にできる。③性情報のウソを見抜き正確な情報で判断できる。④自他の尊厳に基づく行動選択で加害被害を妨げる。⑤性の多様性・個別性を尊重できる。⑥困惑したときに相談できる人・場所がある。「助けて」と言えるのが自立、予防と立ち直り支援。➆他の人の悩みトラブル解決の支援ができる。もし、このような性教育が小中高校で実践されていれば、「京都SARA」で出会う性暴力被害者の「面喰い状態」は解消されるだろう。

しかし、日本性教育協会の「青少年の性行動わが国の中学生・高校生・大学生に関する第8回調査報告」(2018年)において、「あなたは性交(セックスについて、どこから情報を得ていますか)に対する回答は、1位―「友人や先輩から」女子49.9%、男子61.0%、2位―「インターネットやアプリ、SNSなどから」女子43.8%、男子49.8%、3位―「アダルト動画(DVDやネットなど)から」女子14.1%、男子51.1%、4位―「学校(先生、授業や教科書)から」女子25.1%、男子23.3%、という結果だった。驚くべきことだが、中・高・大学で性交(セックス)について教育を受けた人は4人に1人。男子の半数がアダルト動画から性教育を受けている。

ユネスコの「国際セクシュアリティ」の基本的理念の1つである「包括的性教育」とは、「人は誰も、教育を受ける権利および包括的な性教育を受ける権利を有する。包括的な性教育は、年齢に対して適切で、科学的に正しく、文化的能力に相応し、人権、ジェンダーの平等、セクシュアリティや快楽に対して肯定的なアプローチをその基礎におくものである」。もう少し具体的に説明すれば「子ども・若者たち(3歳~18歳)に、次のようなことをエンパワーしうる知識やスキル、態度や価値観を身につけさせることを目的としている。それは、かれらの健康とウェルビーイング(幸福)、尊厳を実現することであり、尊重された社会的・性的関係を育てることであり、かれらの選択が、自分自身と他者のウェルビーイングにどのように影響するのかを考えることであり、そして、かれらの生涯を通じて、かれらの権利を守ることを理解し励ますことである」。これが世界の潮流ということだが、日本の性教育はあまりにもお粗末なレベルである。

オランダでは、避妊用ピルをホームドクターが処方し、緊急避妊ピルはドラッグストアで4ユーロ(約600円)だが、日本では要医師処方で約2万円。こうした若者への現実的なケア(中絶や出産などの)も整っていない現状である。

 

■ 土田陽子さん(帝塚山学院大学)―「青少年の性行動全国調査」から考える

私は、同意の確認をしない・避妊をしない「顔見知り」の性暴力加害者によって妊娠させられた被害者に結構、出会っている。そのとき改めて「男性はレイプされても妊娠はしないんだ!」と女性固有の性暴力被害について考えさせられた。土田さんから女性の「妊娠」問題について、しっかりと学びたいと思ったのはそういう理由でもあった。

「妊娠した生徒への対応」と題して、1つのケースが紹介された。「2015年11月、妊娠中の3年生の女子生徒(18)に高校側が休学と通信制への転籍を勧め、卒業するには球技や持久走などの体育実技の補修が必要となると説明した」(2016年6月の新聞報道)。この高校が下した判断に対して、文科省は「妊娠と学業は両立できる。本人が学業継続を望む場合、受け止めるべき。子育てに専念すべきとなぜ判断したかわからない。周囲の協力を得ながら育児するのは働く女性も高校生も変わらない」と、高校の下した判断を批判した。この女子生徒が妊娠したのは性暴力によるのかどうかはわからないが、あまりにひどい学校側の判断と、それを批判するあまりにもキレイごとすぎる文科省の判断に驚いた。

土田さんは、このケースから推察される「若年妊娠→高校中退→非正規雇用→子どもの貧困」を防止する社会的ケアが必要だと指摘されたが、現実は厳しい。 2015年~2016年度に高等学校が妊娠を把握した生徒数は全日制1006人、定時制1092人。そして、全日制高校で、産前産後を除いて通学できた生徒は31.7%、転学は15.2%、休学・課程を変更した生徒は5.1%、退学が48.0%。なんと半数近くが退学せざるを得なかったのだ。ジェンダー差別でなくてなんだろう。

現在の中学の性教育学習指導要領では「性交と妊娠の経過は扱わない」ことになっているそうだ。2018年3月、東京都都議会議員が、足立区の中学校の性教育について、中絶や避妊を扱ったことを都議会で取り上げ「学習指導要領を逸脱している」「不適切な性教育」と批判した。彼は、2003年「七生養護学校」問題に関わっていた人物だという。15年間も同じ主張を繰り返しているのですね!

「青少年の性行動調査研究プロジェクト」調査(2017年データ)によると、「避妊の方法」は中学1年の時に1.8%、2年の時に7.8%、3年の時に32.4%が学んでいる。そして、初交時の男子の避妊の実行率をみると、15歳以下(中学生)79.2%、16-18歳(高校生)90.7%、19歳以上93.5%であり、義務教育段階での避妊教育の必要性は明らかである。更に、初交年齢が15歳以下の男子は、その後の相手とも避妊をしない傾向がみられたという。ここからも義務教育の間に避妊について学ぶことは必須事項だろう。青少年の性行動の調査結果から「性教育の必要性」を実感できたのは、はじめての経験であった。

 

■ 鈴木七海さん(京都大学経済学部5回生)―Genesisと性的同意ハンドブック

2018年に、男女5人の大学生によって作成された、「性的同意―必ず知ってほしい、とても大切なこと」というハンドブックが京都市男女共同参画推進協会から発行された。男女の若者による「性的同意って何?」という話し合いと、10代の留学経験者(イギリスとアメリカ)への「海外の“性”事情を知ってほしい! 日本と海外、どう違う?」のインタビュ―記事が面白かった。私は、当事者としての若者たちが性教育をどう捉えているのかをずっと知りたいと思っていたからだ。5人の「性的同意」についてのミニレポートは、「根拠のない思い込み」「勝手な決めつけ」「暗黙のルール」「無知」「コミュニケーション不足」であり、「これって全部、『同意』以前なんじゃない?…」と表現されている。若者たちが感じたこの「?」への対応こそが、関口さんと土田さんが話された「若者センタード」の性教育の実施ということだろう。

しかし、このハンドブックがネットで結構、叩かれたので、鈴木さんたちはもっとポップに発信する必要性を感じて、Genesisをつくったという。どのような団体なのだろうか? それは、「性差別と性暴力の予防をポップに行う団体です!」 そのVisionは、ジェンダー・セクシャリティに関わらず、誰もが自分に自信を持てる社会の創造。Missionは、個人の権利と他者との繋がりを大事にして、性の課題を解決すること。Conceptは、誰も取り残さないこと。

この「誰も取り残さない」ポップな発信というのがいいですねえ。性教育の重要性はこの点にあると思う。大人から子ども・若者たちへの上から目線の性教育ではなく、性をめぐる若者たち同士の興味に満ちたグループでの話し合いに重点を置く性教育でなければ意味がないだろう。

公開講座の受講者からの感想文を掲載する紙面がなくなってしまいましたが、多くの方から「それぞれの視点による3人の講師からの語りが面白かった」との丁寧な感想をいただきました。また会場での質疑応答、話し合いも時間切れになるほどに盛り上がり、私たちが「寝ている大人」ではないことを立証することとなりましが、村松氏の言われるように、私たち大人にもまだまだ「性の学びと語る力の獲得」が必要ですね。

2019/11/30 [公開講座報告書]